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  • 2008.03.19 Wednesday
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埼玉対決を観て

http://video.google.com/videoplay?docid=3886730687576367387

創価学会の長谷川さんと言う方もまた、私見を述べる人だった。

創価学会が日蓮正宗と対峙する場合、
法門をもってすれば負けてしまう。
だから「私見」と言うところに逃れようとするのだろう。

今回は「三宝」と言うところから話が始まるのだが、
長谷川さんはいきなり、三宝の解釈を我流でやってしまった。

これでいいのか?創価学会。

長谷川さんの三宝解釈にご興味のある方は、動画をご覧いただくとして、
三宝が何だかわからん人のために、ちょっと予備知識を。

三宝は「仏宝」「法宝」「僧宝」と言って、
仏教において、いずれもかげがえのないものとされている。

この三宝がそれぞれ何を示すかということは、宗派それぞれ異なる。

仏教の基本的解釈としては、「仏宝」とは如来。
「法宝」とは教え。
「僧宝」とは教団。

如来と教えと教団の事を三宝と言う。

問題になるのは、この「僧宝」と言うもの。
元々、「僧」とは「僧伽」(サンガ)であり、「教団」の意味。
この中には、出家在家の区別はない。

ところが、日本では、いつの間にか「僧=坊さん」になってしまい、
「僧宝」が「坊さん」の意味に解釈される事が多くなった。

現在、創価学会と日蓮正宗の三宝解釈論争の要も、ここにある。

日蓮正宗の伝統教義としては

仏宝・・・日蓮大聖人
法宝・・・南無妙法蓮華経
僧宝・・・日興聖人

となっている。

正宗側の考え方は、教理の上では僧宝を日興聖人としているが、
これは日蓮大聖人から日興聖人へと通じて行く血脈を示しているのだから、
この中には代々の法主も自ずと含んでいると言うのである。

創価学会は、法主のすべてが正しく法門を受け継いでいるというのはおかしい。
それに、僧宝とはもともと、教団の意味なのだ。
正しい教えを受け継いでいる教団こそ、僧宝と言うべきだ、と言う主張をしている。

僧宝のもともとの意味を考えると、創価学会は正しい。
だが、創宗分離以前の創価学会は、正宗と同じ考え方をしていたのである。
正宗と同じ考え方をしていた以上、この僧宝を創価学会とする考え方は、
新義、すなわち、邪義と言われても仕方ない。

だから、世間的にはこの新しい三宝論を自信を持って言えたとしても、
正宗の前で主張するのは、どうしても腰が引けてしまうのである。
自分達が昔主張していた事は、間違いだったと認める事になるのだから。

創価学会と言うところは、「過去の失敗」を決して認めたがらないのだ。

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