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  • 2008.03.19 Wednesday
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「カルト」「マインドコントロール」という言葉について

創価学会問題について言及される時、
しばしば「カルト」「マインドコントロール」と言う言葉が用いられる。

だが、この「カルト」「マインドコントロール」と言う言葉には
明確な定義と言うものが存在しない。

そもそも、あらゆる「言葉」は定義というものがなく、
国語辞典に載るのは「一般的に、この言葉はこのように使われている」
と言う事例に過ぎない。

だが、学術の世界においては、
個々の学者がまちまちに言葉を使っていては、
論議を行う事が不可能となるので、定義を定める努力が成されている。
(特に自然科学の世界では用語の定義は重要となる)

「カルト」「マインドコントロール」と言う事柄は、
社会において大変に重要である。

このテーマは、心理学、社会学、宗教学の分野になるのではないかと思う。

だが、心理学、社会学、宗教学のいずれにおいても、
「カルト」「マインドコントロール」と言う言葉の定義化は出来ていない。

それもそのはずである。
心理学、社会学、宗教学のいずれの世界にも、
社会的に問題視されている宗教団体の信者が入り込んでいるからである。

「カルト」「マインドコントロール」と言う問題については、
本当ならば、政府や行政が率先して立ち向かわねばならない。

だが、やはり政府や行政にも、
社会的に問題視されている宗教団体の信者が入り込んでいる以上、
これを求めるのは不可能と言わざるを得ない。

カルト問題に対応する団体が世の中に存在しないわけではないが、
この団体は「公的」なものではなく、あくまでも「有志」の集まりに過ぎない。
そして、その構成メンバーも、宗教団体関係者が多いのである。

カルト問題に専門に対応する「カウンセラー」と言う存在も、
国家機関が公認するものとしてはこの世の中には無い。
カルト問題に関する「カウンセラー」と言う者が存在したとしても、
それは、あくまでも任意団体が認定したものに過ぎない。

「カルト」「マインドコントロール」について説明した本も世の中にはあるが、
その本も、学術団体や国家機関による見解を示したものではない。
あくまでも、「その著者の見解」に過ぎない。
だから、これを金科玉条のように用いる事もできない。

この世の中で、「カルト」「マインドコントロール」の定義付けが成され、
この問題について、政府、行政が健全に取り組むようになるのは、
公明党と言う政党が消滅し、
あらゆる政党が宗教団体とのしがらみを断った後の事だろう。

だから、我々が「カルト」「マインドコントロール」と言う言葉を
大上段にかざして創価学会を糾弾する事はできない。
この言葉は学術団体や国家機関による後ろ盾を持たぬのだ。

「カルト」「マインドコントロール」という言葉は、
国内のいずれの学術団体、国家機関においても、定義化されていないのである。
国外ではそうしたものが存在するかも知れないが、
国内と国外では文化が異なるため、それを国内に持ち込む事はできない。

にも関わらず、「カルト」「マインドコントロール」と言う言葉が、
現在、いたるところで非常に簡単に使われている。
もちろん、それを用いる者によって、定義が異なっている。

この風潮により、どのような人物、団体も、
他人から「カルト」扱いされる可能性を持っている。

(創価学会では顕正会の事を「カルト団体」と呼んでいる)

我々は、「カルト」「マインドコントロール」と言う言葉の使用について、
もっと慎重になったほうがいいと思う。

かく言う私も、「カルト」「マインドコントロール」と言う言葉を、
ごく当然のように使って来た経緯がある。
だが、それは間違いであった。
それに気づいてからは、私はかなりこの言葉の使用については慎重になっている。

「カルト」「マインドコントロール」と言う言葉を用ずに、
もっと具体的に、その教団の悪事を説明したほうが、丁寧でもある。

「創価学会はカルトです」と書くのではなく、
なぜ、創価学会に問題があるのかという事を具体的な事実を示して書かねば、
何の意味もないし、読者にも不親切になってしまうのだ。

「創価学会はカルトです」と書くのは、
「池田大作はクソです」と書くのと、何も変わらない。

「池田大作はクソです」と書くのが「クソアンチ」なのだ。

だが、「カルト」「マインドコントロール」と言う事について、
論議を積み重ねて行く事は重要な事だ。
公的な定義こそ無いものの、宗教団体のもたらす種々の問題は、
やはり「カルト」「マインドコントロール」問題なのだ。

カルトとは何か。
マインドコントロールとは何か。
こうした事を、互いに論議し、宗教問題を考察して行く事は重要な事である。

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