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  • 2008.03.19 Wednesday
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権威主義

「権威主義」というのは、その人物や組織だけを絶対化することである。
この権威主義という考え方は、縁起論の対極にある。

私が創価学会を去ったのは、創価学会の権威主義にうんざりしたからである。

現在でも、ある人物や組織を「権威化」して、
他人を屈服させようという意図を感じると、非常に警戒するようになった。

ここで注意しなければならないのは、
「権威化」させているのは当人ではなく、「周辺」である事がよくある。

当人は、別に何とも思っていない。
熱心に努力しているだけである。
だが、周囲がその人物(組織)を権威化する事で、
虎の威を借る狐のように、自分をも権威付けるわけである。

創価学会は日蓮を権威化してこれを用い、
日蓮は法華経を権威化してこれを用いた。

私も、誰かに利用されているのではないかと、時々、心配になる事がある。
しばらく、創価に関する「おしゃべり」を続けて来た分だけ、口は達者になった。
かなりの人間も脱会させて来た。
決して「権威」になるほどの者では無いが、利用しようと思う人もいるかも知れぬ。

後で裏切りやすいのも、この手の人物かも知れぬ。
さんざんその人をおだてておいて、後で手のひらを返す。

だから、「権威」とされている当人よりも、
「権威化」のために利用している周りの人物を警戒したほうがいい。

「権威」とされる人や組織というのは、
「権威」とされるだけの歴史や専門性、社会的貢献があるのだ。
これまで、私は否定するわけでは決して無いのだ。
ここは、誤解しないでいただきたい。

問題なのは、その「権威」をかさに着て、他を排撃するという行為である。

なぜ権威化が行われるのか。

それは素の自分に自身が無いからである。
だから、何かを利用して、自分の鎧にするのである。
これにより社会的出世とか、成功とか、復讐をはかる。

暴力団も虎の威を借る狐の「虎」として利用されている。
ケンカの時「俺のバックには○○組がついているんだぞ」と。

Aという人間とBという人間がケンカしている時、
Aのほうがはるかに同情すべき点があると思っても、
Aが何らかの権威を持ち出した時点で、
どうしてもAを認める事ができなくなる。

「問題を一般化して他人を巻き込む」という事がある。

どこにでもある単なるケンカを、
あえて社会普遍的な問題とする事で、他人を巻き込もうとする。
そうすれば、「高級」な感じがするし、誰かの援護射撃を受けられる。

ケンカというのは、一般化せず、美化せず、他人を巻き込まず、
本人同士で血みどろの争いを見せれば良い。

当人同士のケンカを、わざわざ一般化して周辺を巻き込み、
おまけに権威まで担ぎ出す。

当人同士のケンカで済ませれば何でもないものを、
問題を一般化するから、グチャグチャして収拾がつかなくなる。

信頼関係というのは、構築するまで大変な時間がかかるのに、
一部の人間が周囲を巻き込んで大騒ぎして、
そこらじゅうに疑心暗鬼が充満し、
やがて、個人個人の信頼関係がズタズタに引き裂かれる。
世界大戦なんていうのは、こういう風に生まれるんじゃないのか。

こういう事は、偉そうに語っている自分自身にも思い当たるし、
誰だって、そういう経験はあるだろう。

私憤を公憤をごっちゃにしてはならない。
ごっちゃにすると、周囲を混乱させる。

その人に恨みがあれば、その人に直接言えばいい。
陰で色々言わない。
それができないところに、混乱は生まれる。

今後、文句のある人に対しては、直接、文句を言いに行こうじゃないか。

伏字でその場にいない人をみんなで攻撃したり、
「界隈の潜在的問題」なんていう一般化はやめよう。

ハンドルネームだって、コロコロ変える必要はない。
どんな人間だって、失敗はある。
だから、清濁合わせた自分の名前で勝負したほうがいい。

「チョンガー」

適当に付けたからしょうがないとは言え、自分でも嫌なハンドルネームだ。

別ジャンルではかっこつけて「三崎無我」にしてるけど、
創価問題を語る時は、嫌でもチョンガーで通している。
じゃないと、誰だかわからなくなるから。

これまでネットで出会った人は無数にいて、
そのハンドルをすべて覚えていられるわけがないけど、
さらに、ハンドルを変えてしまう人がいるから、
もう、絶体絶命に誰が誰だかわからない。
この界隈は、わしにはついて行けないところになった。

にも関わらず、ネットで色々なところを見ていると、
わしの知り合いみたいに言う人がいる。
わしがこんな事を言ったとか書いてるけど、
その人の事も、その言葉も、まったく覚えていない。

それでいいと思う人のほうが多いのかも知れないが、
やっぱり、これではどんどん混乱して行くだけなんじゃないか。

誰にでも失敗はある。
でも、「お互いさま」なんだな。
どんなことでも、「お互いさま」なんだ。

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